最近読んだ本

  • ヘミングウェイ / われらの時代・男だけの世界
     いわゆるロストジェネレーションの作家として分類されているわけですが、たとえばフィッツジェラルドとは全然キャラが違うんですよね。読んですぐに気づく(そしてよく言われる)ことは、彼の文章が非常に端的で無駄をそぎ落とす方向で構成されていることです。彼の文章にはたとえばもめごとの原因や前提となる状況などの説明はほとんどなく、ただ目の前で起きたことしか書かれていません。しかし、それでいて、その背後にある心理が克明に描写されているわけです。これが彼の文章の魅力で、しかもこの短編集を読んで感じるのは、彼の文章の魅力が最大限発揮される瞬間が作品として発表されているということです。短編集においては男性的な心理が描写されている作品が多く、これが彼がマッチョであると評価される原因であるとは思いますが、彼が女性の心理を理解していないとか、それに優劣を見ているということではなく、その男性的な心理の愚かさもよく理解しています。したがって、男性的ではあっても、けっして一面的な作品であるとは思いませんでした。
  • ライアン・ワトソン / アフリカの白い呪術師
     基本的にこの作品はフィクションである部分も多いので、あまり真に受けるのもどうかとは思うのですが、ノンフィクション的な側面もあります。もちろん、その境界線をどこらへんと見るのかみついては、かなり意見が分かれそうですが・・・。まずこの小説は、重度のてんかん持ちで、ヘビを捕まえることが得意なイギリス人が主人公です。主人公は独りでほぼ徒歩でアフリカを歩き回り、多くの西洋人とは異なる方法でアフリカの文化へアプローチします。著者はその主人公の友人で、著者によって再編されたり、脚色された部分もまぁある感じです。主人公はヘビの精霊に守られた呪術師として、アフリカの人々に迎えられ、雨乞いの儀式をしたり、文化人類学的な発見に関わったりします。主人公は学者としてのトレーニングを受けてから、アフリカをさまよったのではなく、アフリカの経験を話した学者が驚いて、アカデミックなトレーニングをしたという経緯なので、100%アカデミックな観点にとって語られているわけではありません。したがって、この本で語られるアフリカは西洋的な尺度を可能な限り放棄し、アフリカ的な視点に立ったアフリカについて紹介といえるでしょう。とはいえ、文章として構成される過程で、多分にヨーロッパ的な合理主義が介在していることお否定することはできません。それでいて、なおこの小説は私たちとは、異なる世界像があることを刺激的に私に伝えてくれます。
    アフリカの白い呪術師 (河出文庫)

    アフリカの白い呪術師 (河出文庫)

  • 戸田山かずひさ / 「科学的思考」のレッスン―学校で教えてくれないサイエンス
     戸田山さんは論理学の本も科学哲学の本もめちゃくちゃ分かりやすいので、大好きなんですが、この本は学生が勉強するためというよりは、一般の人向けに書かれています。でも、やっぱりわかりやすいんですが、ただ、けっこう・・・なんというか、私たちが直感的に「うさんくさいなぁ」とか感じることを文字としてしっかり述べていくと、けっこう複雑なプロセスになっちゃうんだなと感じました。まぁしょうがないよね。マニュアル車の運転とかも、じっさいやってみると簡単だけど、文字で書くと以上に難しくなっちゃいますからね。書かれていることは素晴らしいし、間違いなくお勧めできる内容で、しかも面白かったです。しかし、同時に科学的であることは、感じている以上に複雑なのだと思わされる内容でした。
  • マイケル・ポランニー / 暗黙知の次元
     テーマになっていることは刺激的でおもしろいんですが、あまり叙述が分かりやすくないし、ちょっとお勧めできない感じですかねぇ。テーマは、科学的な発見のプロセスにおいて、言語化できるプロセス以前の部分が知識の生成に重要な役割を果たしているということです。そのテーマ自体は、よく理解できるのですが、そこに生物の進化や道徳の問題をからめているあたりが難しいです。個人的にはフレーム問題と議論の構造というか、テーマとなっている事柄が似ていると感じました。
    暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)

    暗黙知の次元 (ちくま学芸文庫)

  • 鈴木光太郎/ヒトの心はどう進化したのか: 狩猟採集生活が生んだもの
     これは読みやすくていい本だったな~。最近の心理学や哲学、文化人類学の研究成果のさわりを面白く、読みやすく紹介してくれています。もちろん、厳密な議論や、超最先端の研究成果に触れることはできませんが、そこそこ新しい議論をさらっと読むことができます。個人的に素晴らしいと感じたのは、人類の移動に関する部分。わずか千年ほどでアメリカ大陸の北から南まで人類が移動する、そのスピードは極めて速いことを指摘したうえで、著者は次のように考察します。よく猟場がなくなったとか、争いを避けたとか、人類は仕方なしに移動していったような説明がなされることがあるが、それだとこんなスピードで移動することはないはずだ。そうではなくて、人類はもともと好奇心が旺盛で新しい場所へと冒険することが大好きなのだ、だから人類はこんなに地球上の至る場所へとものすごいスピードで広がっていった。これは素晴らしい考察だと思います。ドライブする楽しみ、生まれてから今までの娘の成長をみていると、ほんとに人間は好奇心に満ちていて、その好奇心が一番の成長の原動力なのだと感じずにはいられません。何かが目に付いたら、地面を這ってでも、危険なところによじ登ってでも手に取ってみようとする力が、徐々に歩く力を鍛え、手先に器用な動き、知能の発達を促すのだなぁと娘を見て実感しています。 フィツジェラルド/夜はやさし 上・下
     ヘミングウェイとはまったく異なるロストジェネレーションの作家、フィッツジェラルドの最後(ほんとは死後に発表された『ラストタイクーン』がありますが、あれは未完なうえ、ノートを別人が再編したものですしね)の作品。自伝的な部分が多く、(ヘミングウェイとは異なり)内面の描写も事細かになされています。彼の作品に登場する人々はみな繊細かつナイーブで、本当にヘミングウェイとはまったくことなる作品世界だなぁと感じます。静かに破たんしていく生活がもつ、閉塞感が繊細なタッチで描かれます。パーティなどの華やかで贅沢な場面が多く登場する一方で、その喧騒がどこか遠くに浮かぶ蜃気楼のような現実感のないもの感じさせる文章もみごとで、私は、フィッツジェラルドこそ、まさにロストジェネレーションの代表者だと感じました。
  • 竹林 征三/ダムのはなし
     一部、専門的な話もあるものの、全体的には一般向けと言って問題ないレベルで分かりやすく、ドライブなどでダムを訪れる機会が多いなら、ぜひ読んでおくべき一冊です。ダムに行くとついつい目に見える堤体の壮大さ、ダム湖の美しさにばかり気を取られるのですが、この本で述べられていた地質調査とグラウチングのはなしは「ダムってすげぇ!!」と思わせるに十分な内容でした。この本でとりあげられていた美利河ダムにも、ぜひ行ってみたい(できればロードスターで)と思いました!土木分野は人手不足であるという報道を耳にしますが、これからも日本は土木工事の技術では世界の最先端でいてほしいなと思います。ダムに行くと、建設過程などを写真パネルや模型などで展示してくれていることがありますが、そういった展示も、この本を読んだあとはより感慨深く見ることができると思いました。
    ダムのはなし

    ダムのはなし