最近読んだ本

  • 村上春樹 / アンダーグラウンド
     地下鉄サリン事件のインタビュー集。インタビューはとても丁寧。センセーショナルなのは帯の煽り文句だけで、中身は静かで丁寧な語りの積み重ねです。しかし、それが強力です。読んでいて印象に残るのは事件自体のことより、生活のリズムや仕事への向き合い方、家族との関係性とかです。それが事件を通じて、変化したり、しなかったり、変化を受け入れられずにいたりといった部分が明らかになることで、事件が持つ問題性がテレビ報道などとは異なる形で見えてきます。同時に被害者の方々の多くがマスコミに対する不信感をあらわにしているところも印象的でした。淡々と語られる家族への思いなどから伝わってくる被害者の方々の心情は画一的に語ることはできない複雑さを持っています。しかし、同時にわかりやすい形で成形されていない言葉だけが持つリアリティと重みを感じることができました。
  • 村上春樹 / パン屋再襲撃
     ファミリーアフェアーで描かれている心情はたいへん人間的ですばらしい。この短編集を読むと、ありえないようなファンタジー的なストーリーの中に、非常にリアルな感情の揺らめきが描かれていることが、彼の作品の魅力の重要な部分であることが分かります。
  • ジェフリー・ディーバ― / 静寂の叫び
     犯人グループとの駆け引きや、余計なちゃちゃを入れてくる周囲とかは結構面白いんですが、最後のオチがなぁー。こんなことないでしょ。あと悪役のサイコパスっぷりが強力ですね。このキャラはよかった。
  • ラマチャンドラン / 脳のなかの幽霊
     名著として知られている本なので、いろいろと論じるべきことはあると思うわけですが、私はクオリアに関して十分に議論しないまま「クオリアはあるでしょ」っていう立場で話が進んでしまっていうことに違和感を感じました。クオリアの不在を主張する論者の主張はけっこう説得力があると私は考えているので、クオリアの存在についてなし崩し的な議論はありえないと感じます。他方で、この本のなかには多様な実験・観察の記録が含まれていて、脳の機能や仕組みについて考察する上で非常に興味深い内容であることは間違いありません。
     
  • ニコラス・ハンフリー/ 喪失と獲得
     『脳の中の幽霊』と共通するテーマを扱った部分もある本ですが、私はこっちの方が好きです。彼はクオリア存在論についてデネットのようにクオリアの不在を主張する論者の意見も取り入れつつ、よりバランスの取れた立場を模索しています。クオリア存在論についてどのような立場をとるにせよ、このような議論を経ずに立場を決定することはありえないと私は思います。その意味でも、この本は公正な議論を行っていると感じました。あとキリストとユリ・ゲラーを比較する文章のインパクトがすごいです。
  • 京極夏彦 / 魍魎の匣
     京極夏彦のやたら分厚いシリーズは、けっこうストーリーが複雑というか、あれこれはなしが入り組んでいるわけですが、この作品の複雑さはかなりのものです。あまり言うとネタバレになってしまうのですが、同時並行的におこっていることが複雑に関係しあって話が進んでいきます。それをパズルとして楽しめるかどうかがこの作品に対する評価を決めるんじゃないですかね。あと、この作品は描かれる情景が彼の作品の中でとくにグロくて、こっけいな感じがしました。

  • 京極夏彦 / 狂骨の夢
     個人的にはストーリーより、間に挟まれるうんちくが超好きです。神社の神様のなかには神無月になっても留守にしない神様がいることとか、密教のエログロな儀式にこめられていた真の意味とか。とくに私はさいきん子どもが生まれたということもあって、密教の儀式の意味の話はぐっとくるところがありました。「7年もそんなことしていたらドクロなんてどうでもよくなるでしょ、ホントの本尊は・・・なんです。」っていう部分は、ホントかどうか知りませんがすごい説得力だと思います。彼の作品はどれも神道だ心理学だとうんちくが大量にあるわけですが、この作品はとくにうんちくが冴えわたっているように感じました。
  • 梯久美子 / 廃線紀行 もうひとつの鉄道旅
     基本「廃線」とか「廃墟」とか「廃道」といった趣味はけっこうハードコアなことになることが多いわけですが、この本で紹介される廃線紀行はおさんぽ感ただようまったりしたものです。個人的には関西鉄道大仏線の廃線跡を歩きたくなりました。家から近いしね。これからもドライブで、この本で紹介された廃線跡のそばを走ることがあれば散策することを検討したいです。あとイニDでも出てきた碓氷峠にも廃線跡があるんですね。しかもなかなか景色もよさそうです。関東の方までドライブに行く時間はなかなかとれませんが、碓氷峠は一度行ってみたいと思っているので、その時は廃線跡の散策もしたいとおもいました。
  • 高杉良 / ザ・外資
     長銀の破たんをモデルにした小説。ではあるんですが書き方が非常に一方的。瑕疵担保特約のことをことさら問題にしていますが、これを問題にするためには前提として考えるべきことが多くあるはず。まじめに仕事をしているけれど、経済変動のせいで赤字になっている企業を助けようとして、長銀不良債権を抱えたのであれば、これはなんとか助ける必要があるということになるわけですが、実態はあやしげなリゾート開発企業とかにばくち的に金を突っ込んで自爆しているわけです。しかも、リップルウッドは単純にハゲタカではありません。従業員の雇用を守ったりといった側面もあるわけですし、企業再生の実績もあります。しかもそもそも金融再生機構は長銀の資産をちゃんと計算しなかったので、その引き換えとして瑕疵担保特約が結ばれたことを考えると、この著者は結論ありきで話を進めているとしか考えられません。さらに主人公に中学生の娘がいるんですが、これが中年のおっさんが考える「いい子」像そのまんまでキモいキモい。中学生の女の子なんて、大人とは全く異なる尺度で世界を見ていて、こんな風に都合よくはいくわけがないということには気づけないんですかね。散りばめられた経済用語を払拭してみると、結局のところアホみたいな勧善懲悪小説で、なおかつ主人公の加齢臭がキツすぎてまったく感情移入できないというダメダメな小説でした。