最近読んだ本

  • 松本仁 / アフリカレポート
     アフリカの状況についての秀逸なレポートで、冷静な状況報告とリアリティのある語り口がアフリカの抱える難しい問題を伝えています。たとえばポストコロニアリズム的な視点からアフリカをとらえると、ひとまずアフリカは被植民地の立場に位置づけられます。もちろんポストコロニアリズムはそこにとどまるものではなく、そのようなステレオタイプな見方自体を批判の対象としています。しかし、この本を読むと、現実のアフリカにおいては、むしろ彼ら自身がそのようなステレオタイプ的な見方を意識的、無意識的に自助努力の欠如の言い訳ととして用いていることが分かります。読んでまず感じるのは解決の糸口を見つけ出すこと自体が絶望的であるということです。この本で指摘されているアフリカの政治の腐敗と、その背後にある部族の利益を優先するモラリティを考えた時、アフリカの政府が政府として十分に機能することは今後もかなり難しいように感じます。また腐敗した国家に付け入る中国の資源確保のやり方の問題点も指摘しています。ただしこの本は最後に商魂たくましい中国人の行動と、まったく危険と釣り合わない低収入にもかかわらず、なんとか住みやすい社会を作ろうと努力する警察官など現場の人々の努力に希望を見出しています。この本が書かれたのが2008年ですが、6年たった現在、停滞した状況が続いている国がほとんどです。しかし、たとえばジェノサイドという悲劇に見舞われたルワンダは着実な経済成長により「アフリカの奇跡」と呼ばれています。したがって健全な投資と健全な経済成長が一番の特効薬なのでしょうが、なかなかそのために必要な最低限の枠組みが整わないというジレンマを感じました。
  • 三上延 / ビブリア古書堂の事件手帖1~5
     日常のミステリー系のラノベ。このシリーズの優れているところは、作品の中で取り上げた小説を読みたくなるところでしょう。トリックというのはあまりなくて、出版された版などによる違いなどを理由に秘密や動機が明らかになるという展開が基本になっています。そういう一話完結の物語を主人公と店主の女性の人間関係の変化という一貫したストーリーが繋ぐという構成は、シンプルでありながら退屈させません。
  • Richard Dawkins / Climbing Mount Improbable
     創造論に対する反論というのがこの本の中心的な目的です。創造論、すなわちなんらかの意志を持った存在者が創造しなければ、自然はこんなにうまくできていないはずだという主張です。このような主張は明示的に「神」という言葉を使いませんが、自然界全体を見渡す存在者とはすなわち神であり、自然淘汰による進化という考えが誤りであることを暗に主張してるわけです。このような主張に対して、自然の中のうまくできているしくみをひとつひとつ取り上げ、それが自然界の仕組み全体を見渡すことができるような存在者なしで、いかに実現するのかを説明していきます。しかし日本においては創造論を擁護する人がそれほど多くないため、この本の中心的なテーマはいまいち共感できないかもしれません。むしろ私たちにとってこの本が秀逸なのは、その自然現象のチョイスで、クモの巣についてのエピソードからイチジクとイチジクコバチの共進化についての説明にいたるまで自然淘汰というメカニズムが作り出す自然の仕組みには驚きを禁じえません。シンプルなルールに従って、小さなブロックを積み上げていくとまるでパズルのようにクラダファミリアができていた、そんな驚きです。ドーキンスはどうもエモーショナルな芸術家ではなく、冷徹な理性の擁護者という立ち位置を与えられることの多い学者ですが『虹の解体』をひくまでもなく、彼の探求の動機には多分に自然のエレガントなメカニズムに対する驚きと感動というエモーショナルな要素が含まれていることを感じました。
  • ダニエル・デフォー著 平井正穂訳 / ペスト
     『ロビンソンクルーソー漂流記』の著者デフォーによる1665年のロンドンでのペスト大流行の記録。この作品の特徴はふたつあります。第一の特徴として彼自身がペストが流行するロンドンに在住していたこともあり、非常にリアリティある文章で書かれています(ただ5歳だったはずなんだけど)。そして二つ目の特徴として、当時の公文書などを引用し客観的で冷静な分析がおこなわれていることです。臨場感と客観性というそう反する二つの要素を両立したこの作品は、非常に優れた記録小説といえるでしょう。あとがきにそのへんの事情は説明されており、彼自身が商人であったこともあり数字などのデータを重視する傾向があった一方で、信仰心も持ち合わせていたことが関係しているようです。理性を重んじつつも神の存在を信じるという、まさに当時の啓蒙精神を体現した人物だったわけですね。ペスト菌が発見される以前の話ですから、感染経路などについても確信が持てないわけで、ある日突然死神がやってきたような印象だったはずです。作品中には混乱する人々の様子が描かれていますが、オカルトにすがろうとする人々がいる一方で、そういった人々をいっちょだまして一儲けしてやろうとする人々など、凄惨な状況の中で起きたことが事細かに報告されています。また公的機関の仕事ぶりについても、家屋閉鎖という措置を除いては比較的好意的な評価が与えられています。その意味ではバランスの取れた報告であり、公的機関などはかなりしっかりと対応していたといえるのではないでしょうか。しかし、そういった状況の中でも結局は流行を抑え込むことはできなかったわけで、新型インフルエンザやSarsなどの時にもさまざまな措置がとられますが、実際に病気が流行するとどうしようもないことも多いんだろうなと思いました。