最近読んだ本

  • バーバラ・W・タックマン著 山室まりあ訳/八月の砲声 上・下
    第一次世界大戦と言えば、私は何と言ってもNHKスペシャル映像の世紀』の印象が強い。戦争開始時は騎兵隊と兵士による突撃による戦闘が中心だったものが、機関銃や要塞を破壊する事が可能な巨大な大砲、塹壕戦、そして塹壕戦を戦うための戦車の登場といった大量殺戮兵器が初めて現れた戦争という印象です。また大砲の着弾音により現在で言うところのPTSDの強い症状を示す兵士の映像(こわばった手足でうまく体を支える事ができず、常に震えている)、顔の部分や体の一部を吹き飛ばされてしまった兵士の治療のため形成外科学が発達したことなども記憶に残っています。また『映像の世紀』とは別に第一次世界大戦では輸血の血液が急速に不足し、それをきっかけに血液銀行の仕組みが整えられた事や、遺伝と血液型の関係の研究が進んだことをある本で読んで知りました。しかし、実際のところ、私は第一次世界大戦において、ドイツやフランス、イギリスといった戦争において中心的な役割を果たした国々がどのような作戦行動をとっていたのかといった点についてはあまり知りませんでした。この『八月の砲声』はまさにその点をあつかっています。ドイツが何に魅了され、どのような戦略に基づいて進軍していたのか。ドイツはいかにして世界から敵視されるようになったのか。連合国軍はどのように撤退に次ぐ撤退を繰り返し、そしてドイツに一矢報いるチャンスをいかにしてものにしたのか。筆者は客観性と文学性が高度に均衡するすばらしい筆致で私たちにその詳細を伝えてくれます。彼女は時にシニカルなフレイバーを感じさせつつ(特に軍の上級官職にある人物の描写において)も、あくまでも淡々と事実を述べているように感じられます。しかし、重厚な読後感は、彼女のこの著作が単なる歴史の記録ではなく、偉大な文学作品であることを示しています。実のところ、この作品は4年間におよぶ戦争の最初の1ヶ月程度を扱っているに過ぎません。そのあとの4年間で戦争は大変な数の犠牲者を出すことになることを考えると、この作品で扱っている1ヶ月と同じくらい、残りの4年間には重みがあることになります。しかし、戦略的に見たとき、その4年間の戦略上の停滞にいたる原因がこの最初の1ヶ月にあるという意味では、この1ヶ月は重要な1ヶ月といえるでしょう。そこに焦点を絞り、詳細かつ圧倒的な描写をしたこの作品はまさにクラシックとなるべき一冊だと感じました。
  • バート・A・ハイライン著 福島正実訳/夏への扉
    SFの古典の一冊ですが、なにより魅力は爽快感とスピード感のあるストーリーです。その意味ではSF成分が不十分だと感じるかもしれません。ただし!もしもあなたの中にちょっとでもテクノロジーマニアックなエッセンスがあるならば、必ず共感できるようなパーソナリティーが主人公に設定されています。これはSFにおいて重要なポイントであり、もしかしたら未来の世界のチューブのなかを走る自動車や、体にやたらぴったりした服よりも大切なもののはずです。主人公はテクノロジーが大好きで、自分が興味を持っていること以外にはまったくもって無関心、まるでおもちゃに夢中の子どものようにさえ感じられます。でもそこがいい。おそらく、そういうパーソナリティーをもっている人間が現実世界で幸せになることは、きわめてまれなことでしょう。しかし、そこは小説。すべてがまるく収まってしまう結末に拍手喝さいを送りたくなります。ところどころタイムトラベルに関する矛盾が生じていることを筆者はによわせつつ、細かいことは気にするなと読者にウインクをおくってくるような場面も逆に素敵だと感じました。
  • 松原 始著 植木 ななせ(カラスくん)イラスト 松原 始(スケッチ)イラスト/カラスの教科書
    私が住む尼崎市はかなりカラスが多く、ごみを出す日になると大量のカラスにうんざりすることになります。そのため「カラスを駆除してほしいな~」と私は感じていたのですが、この本を読んでそれが実は浅はかな考えであることを知りました。何が間違っていたのかというと、カラスは餌がある限り、既存の個体を駆除しても新たな個体が生まれ、また増え続けるからです。事実カラスは現在でもまだ生殖余力を残していて、単純に個体数を増やすだけなら現在以上に増えることも可能であるけれど、餌の量との関係で現在の個体数へと落ち着いているということのようなのです。そして、結局読んでいくとごみを出すときにカラスの餌にならないように工夫するなど、地道な努力を積み重ねることが一番効果的であることが分かりました。というか、やっぱり電信柱の下に集めるようなごみの出し方はよくないです。ごみステーション的なものは必要ですね。あとアメリカでは一般化している家庭用ディスポーザーがちょっと気になりました。それにしても、この著作はカラスの生態や物語のなかに登場するカラスなど、これでもかというほど充実した内容で、辞書なみに分厚いサイズに見劣りしない内容の濃さがあります。特に印象的だったのは、カラスが単純に賢いというよりは環境に非常にうまく適応しているのだという点でした。あまり学術的に高度な内容はありませんが、筆者は自然と学術的な態度で対象に接しているため、客観的で信頼性の高い情報の集積となっています。カラスは迷惑な存在でしかなかったのですが、研究対象としてみた時にはなかなかに魅力的な鳥なのだということもわかりました。同時に筆者のカラスへの深い愛情が、この著作をこれほど面白い作品にしているのだと感じました。ただ、いまだに私はハシブトガラスハシボソガラスをうまく見分けられません。