最近読んだ本

  • ジョン・ディクスン・カー著  井上 一夫訳 / 皇帝のかぎ煙草入れ
    ロクな男がでてこないミステリーで、ヒロインがかなりかわいそうです。トリックは秀逸で、シンプルでありながら「ああ、なるほどそれならイケそう」と思わせる説得力があります。そして探偵役のキンロス博士が真犯人に気づくきっかけの「時計にしか見えない」かぎ煙草入れもなかなかに説得力があります。ミステリー作品のなかには妙に重箱の隅をつつきたくなる作品っていうのがあるんですが、それはトリックや犯人発覚のプロセスが不自然っていうのが、最大の原因だと思うんですよね。その意味ではこの作品は、とても自然で非常にすんなり読了できるミステリーといえるでしょう。そしてなにより、まともに内容を楽しめる翻訳がよかったです。『三つの棺』はそこがホントにダメで、とにかく内容に集中できないレベルで翻訳がめちゃくちゃでした。この作品を読んで、ようやくカーという作家に触れることができた印象です。カーは個々の登場人物をあまりしっかりと描きこまないため、どうも登場人物のキャラがたたないという問題があります。この作品に登場する男はどいつもこいつもロクでもないやつなんですが、あまりパーソナリティーが描かれないため、たいして嫌悪感も感じないというのが正直なところです。まぁそのおかげで、直感的に犯人が分かりにくくなり、ミステリーとしては難易度が上がって面白いという側面もあるんですが、まぁ小説家として考えると微妙なところです。あと私は井上 一夫訳で読んだんですが、いつのまにかそちらは絶版になり駒月 雅子訳に新しくなっていました。というわけでアフィは新しいほうで。
  • ブライアン・サイクス著  大野 晶子訳 / イブの七人の娘たち
    この本は面白かった。人間のDNAおよびミトコンドリアのDNAの分析を通じて、人類がどのように地球上に広く分布していったのかを明らかにする研究の過程を詳細に明らかにしています。そして、その過程において化石の人骨と友人が非常に近い関係であることが明らかになったり、何千年も前の人骨からDNAを取り出したり、ロマノフ家の謎に迫ってみたりといった伏線のエピソードもかなり魅力的です。また抽象的になりがちな研究の説明において、人類のルーツとなる7人の女性の生活を具体的に描くことによって、門外漢である読者に具体的なイメージを喚起する工夫が行われています。そこの描写を読み進めていくと著者が単に優れた研究者であるだけでなく、優れたストリーテラーであることに気づくことになります。7人の女性に筆者は異なるパーソナリティーを与えていて、そのどれもが魅力的でありながら、リアリティに満ちています。そういった物語性の部分はもちろん素晴らしかったのですが、私が感動したのはヨーロッパの人類がどこからやってきたのかという問題について対立する立場にあった人々と主張の一致が見られる場面で、論文の中に一節に著者が深い喜びを表明する部分でした。研究成果が個人の主張から、アカデミックなスタンダードに昇格することは研究者にとって、お金や名誉といった表面的な価値以上の価値を持つことが伝わってくる部分でした。